ビットコインの価値から考える、現代生活の「今そこにある危機」

ビットコインの価値から考える、現代生活の「今そこにある危機」

はじめに

2017年、ビットコインは驚異的な上昇を見せました。年初に10万円程度だった価格は、12月には一時200万円を超えました。

この急騰を見て、「バブルだ」「投機だ」という声が上がっています。確かに、短期的な価格変動は投機的な側面があるでしょう。

しかし、私はむしろ別の視点からこの現象を見ています。なぜ人々はビットコインに価値を見出すのか——その問いの先には、現代社会が抱える「今そこにある危機」が透けて見えるのです。

お金とは何か

そもそも「お金」とは何でしょうか。

かつて、お金は金や銀と交換できる「兌換紙幣」でした。紙幣の価値は、背後にある貴金属によって裏付けられていました。

しかし現在、世界のほとんどの通貨は「不換紙幣(フィアットマネー)」です。金との交換保証はなく、政府への信頼だけが価値の源泉となっています。

つまり、お金の価値は「信頼」に依存しているのです。

信頼が揺らぐとき

では、その信頼が揺らいだらどうなるでしょうか。

歴史を振り返れば、通貨への信頼が崩壊した例は数多くあります。

  • 1920年代ドイツのハイパーインフレ
  • ジンバブエの通貨崩壊(2008年)
  • 現在進行中のベネズエラ危機

これらは「他国の話」と思われがちですが、日本も無縁ではありません。

日本の政府債務はGDPの2倍を超え、先進国の中でも突出しています。日銀は大量の国債を買い入れ、事実上の財政ファイナンスを行っています。この状況が持続可能かどうか、専門家の間でも意見は分かれています。

「今そこにある危機」

私たちの日常は、いくつもの「当たり前」の上に成り立っています。

  • 銀行にお金を預ければ安全
  • 年金は約束通り支払われる
  • 円の価値は大きく変動しない
  • 経済は長期的に成長する

これらは本当に「当たり前」でしょうか?

銀行の預金は、銀行が破綻すれば1,000万円までしか保護されません。年金制度は、少子高齢化で支給額の減少が予想されています。円の価値も、政府の財政状況次第で変動しうるものです。

私たちは、思っているよりも脆い基盤の上で生活しているのかもしれません。

ビットコインが支持される理由

この文脈で、ビットコインの特性を見直してみましょう。

発行上限の固定

政府が増刷することによる価値の希薄化がありません。2,100万BTCという上限は、数学的に保証されています。

非中央集権

特定の国や機関に依存しません。日本が財政危機に陥っても、ビットコインのネットワークは稼働し続けます。

自己管理が可能

銀行口座の凍結や、預金封鎖のリスクから自由です。秘密鍵さえあれば、世界中どこでも資産にアクセスできます。

検閲耐性

政府や銀行が取引を止めることはできません。資本規制が敷かれた国でも、ビットコインなら送金が可能です。

これらの特性は、「既存のシステムへの不信感」を持つ人々にとって、非常に魅力的に映ります。

バブルなのか、価値の再発見なのか

ビットコインの価格上昇を「バブル」と呼ぶのは簡単です。確かに、短期的な投機マネーが流入している側面はあるでしょう。

しかし、もう一つの見方もできます。

人々が既存の金融システムに対するヘッジを求め始めている——ビットコインの価格上昇は、その表れかもしれません。

金(ゴールド)が何千年もの間、価値の保存手段として機能してきたように、デジタル時代には新しい形の「避難先」が求められている。ビットコインはその候補の一つです。

私たちにできること

では、私たちは何をすべきでしょうか。

1. リスクを認識する

現在の金融システムが永続するという前提を疑いましょう。「まさか」は起こりうるものです。

2. 分散する

すべてを円預金に頼らず、株式、不動産、金、仮想通貨など、複数の資産クラスに分散しましょう。

3. 学び続ける

金融リテラシーを高めましょう。自分の資産を守れるのは、最終的に自分だけです。

4. 楽観と悲観のバランス

過度な悲観は行動を麻痺させ、過度な楽観はリスクを見えなくします。冷静に、現実を見つめましょう。

おわりに

ビットコインの価格が上がった、下がった——それだけを見ていては、本質は見えてきません。

なぜ人々がビットコインに惹かれるのか。その背景には、現代社会が抱える構造的な問題があります。財政赤字、年金不安、インフレリスク、金融システムへの不信——これらは「今そこにある危機」です。

ビットコインが解決策かどうかはわかりません。しかし、問いを投げかけるきっかけにはなります。

自分の資産をどう守るか。どんな未来に備えるか。そのことを考え始めるきっかけになれば、この記事を書いた甲斐があります。

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